職場での熱中症対策が義務化。事業者が取るべき具体的な対応策とは

執筆日:2025.08.26 更新日:2025.08.27

令和7年6月1日、熱中症の重篤化を防止するために、労働安全衛生規則が改正されました。
(厚生労働省:厚生労働省令第五十七号)。
この改正によって何が変わったのかというと、熱中症に対する具体的な対策を講じることが各事業者に義務付けられたことです。

では、熱中症に対し、事業者は具体的にどのような対策を行う必要があるのでしょうか。

ここでは、熱中症対策の指標となるWBGT基準値の見方や、熱中症予防対策の具体例をあげていきます。

目次

職場における熱中症対策が必須となった、その背景

職場における熱中症対策が義務化されることとなった理由は、職場での熱中症による労働災害が増加の一途をたどっているからです。

そもそも熱中症とは、高温多湿な環境に身を置いていると、体温調節機能がうまく働かなくなり、体内に熱がこもることで起こる様々な症状を指します。めまい、頭痛、吐き気などから、けいれんや意識の混濁、そして重症化すると死に至ることもあります。

熱中症は昔からありましたが、地球温暖化による気温の上昇、高齢化に伴う暑熱順化の不足などから徐々に重症化する人が増え始め、そして近年の猛暑によって熱中症による死亡・重症例が増加したことなどが、労働安全衛生規則改正の背景となっています。

つまり今回の改正は、労働者の健康と安全を守るために決定され、事業者には具体的な熱中症対策を徹底することで、労働災害の発生を未然に防ぐことが求められているのです。

事業者に求められる職場での熱中症対策

熱中症対策を的確に行うために、対策の指針となるWBGT基準値が定められました。まずはこのWBGT値から解説していきます。

熱中症対策の指針となるのはWBGT基準値

WBGT基準値とは、熱中症の危険度を示す暑さ指数(WBGT)の値に基づいた、熱中症予防のための行動指針のことです。
例えば真夏の炎天下での作業に従事されている方と、空調の効いたオフィスでデスクワークをされている方とでは、WBGT値が異なります。下の表の、代謝率の高い仕事に従事している人は、WBGT値の低い環境が求められるわけです。
建設業など屋外作業が多い業種では、熱中症による労働災害が増加しているため、対策の強化が求められています。

WBGT基準値と熱中症予防運動指針の例

WBGT値 運動指針 身体作業行動の例 代謝率
WBGT 21℃未満 ほぼ安全。適宜水分補給 最大速度でのとても激しい活動(激しくシャベルを使って掘るなど) 極高代謝率
WBGT 21~25℃ 注意。積極的に水分補給 強度の腕及び胴体の作業、ショベル作業・ハンマー作業、重量物の荷車及び手押し車の使用 高代謝率
WBGT 25~28℃ 警戒。積極的に休憩 継続的な手・腕の作業(釘打ち・盛り土など)、腕及び足の作業、腕と胴体の作業など 中程度代謝率
WBGT 28~31℃ 厳重警戒。激しい運動は中止 軽い手作業(書く・タイピング等) 低代謝率
WBGT 31℃以上 運動は原則中止 安静・楽な座位 安静

WBGT基準値と熱中症予防運動指針の例

WBGT値は、屋内外の太陽照射の有無によって、異なる計算式で算出されます。

  • 屋内や日陰の場合:0.7×自然湿球温度+0.3×黒球温度
  • 屋外や日なたの場合:0.7×自然湿球温度+0.2×黒球温度+0.1×乾球温度
  • 作業服の種類によって、WBGT値に補正値を加える必要がある

WBGT値が基準値を超える、または超えるおそれがある場合、熱中症発生のリスクが高いと判断し、各事業所には後述する予防対策を可能な限り実施することが求められます。
なおWBGT基準値は、既往症のない健康な成人男性を基準に設定されており、これを超えない場合でも、実際の条件によっては対策が必要です。

◆環境省熱中症予防情報サイト:暑さ指数(WBGT値)について

推奨されている対策

熱中症の予防対策の考え方としては、作業環境管理・作業管理・健康管理の3つの管理を軸とした対策が必要になります。

【作業環境を管理する】

  • WBGT値を低減する取り組みを行う
  • 休憩場所を設置もしくは整備する
  • 身体冷却設備を整える
  • 水分・塩分補給が容易に摂取できる環境を作る

【作業を管理する】

  • 高温多湿な作業場所においては、作業時間の短縮や休憩時間の確保を徹底する
  • 暑さへの順化(暑さに慣れて環境に適応すること)は、段階を踏んで行う
  • 透湿性・通気性の良い服装を着用させる
  • 作業中の巡視を頻繁に行い、労働者の健康状態の確認を行う

【健康を管理する】

  • 健康診断結果に基づく管理:糖尿病、高血圧症、心疾患、腎不全など、熱中症の発症に影響を与えるおそれのある疾患を持つ労働者については、医師等の意見を聴取し、就業場所の変更や作業の転換などの適切な措置を講じることが義務付けられている。
  • 日常の健康管理:睡眠不足、体調不良、前日の飲酒、朝食の未摂取などが熱中症リスクを高めるため、日常の健康管理指導や健康相談を行う必要がある。
  • 労働者の健康状態の確認:作業開始前に労働者の健康状態を確認し、複数の労働者間でお互いの体調に留意させる。特に一人作業者には入念な事前確認が必要。
  • 身体の状況の確認:休憩場所等に体温計や体重計を備え、必要に応じて体温や体重などを確認する。
  • 労働衛生教育:労働者に対し、熱中症の症状、予防方法、緊急時の救急処置、災害事例に関する教育を実施することが必要。

救急処置

熱中症の予防対策をしっかりとおこなうと同時に、いざという時のための知識や行動指針として、以下の処置や対策を知っておく必要があります。

熱中症の救急処置・対策

  • 熱中症発生に備え、事前に病院や診療所の連絡先を把握し、緊急連絡網を作成して周知する。
  • 熱中症の症状を疑った場合、応急処置として、まず涼しい場所へ移動させ、衣服を脱がせて体を冷却し、水分と塩分を摂取させる。
  • 意識を確認し、意識が清明でない場合は、重篤な熱中症(Ⅲ度)として救急隊を要請する。
  • 意識がある場合でも、症状が悪化したり回復しない場合は、躊躇せずに救急車を呼び医療機関へ搬送する。
  • 水分摂取後に嘔吐することがあるため、誤嚥防止のため体と顔を横向きにさせる注意が必要。

これらの対策は、労働安全衛生法などの関連法令に基づき、事業者に実施が求められているものです。

さらに詳しく知りたい場合は、厚生労働省労働基準局安全衛生部労働衛生課が作成した「職場における熱中症予防対策マニュアル」を参照ください。

◆厚生労働省:職場における熱中症予防対策マニュアル

企業は何からやるべきか【熱中症対策の具体例】

事業者にとって悩ましいのは、熱中症対策に取り組むために設備や環境を整えるのには、それなりの準備や資金が必要になってくる点です。
「何から手を付けたらいいのかわからない」「まずは無理なくできるところからはじめたい」と思っている事業者の方に向けて、具体的な対策案を提示して行きたいと思います。

WBGT値を低減するために、休憩場所や身体冷却設備を設置する
例えば屋外では、直射日光や照り返しを遮るテント屋根などの休憩場所を設ける。さらにサーキュレーターなどを設置することで、WBGT値の低減を目指すことができます。

テントの中で休憩している図

さらに、高温多湿な場所での作業の場合は、作業場所の近くに冷房を備えた涼しい休憩場所(臥床できる広さを確保する)を設ける。これは熱を通しにくいボードやシート設備にスポットエアコンなどを組み合わせて、比較的簡単に作ることが可能です。それに加えて、氷や冷たいおしぼり、水風呂、シャワーなど、身体を冷やす物品や設備を休憩所や作業場所の近くに設けて熱中症の重症化を防ぐ取り組みを行うことで、作業環境はかなり変わります。

水分や塩分補給できるものを常備
飲料水や塩分補給用品(塩タブレットや塩飴など)を作業場所に常備し、労働者が定期的かつ容易に摂取できるようにする。自覚症状の有無にかかわらず、水分や塩分は作業前後の摂取および作業中の定期的な摂取を指導する。スポーツドリンクや経口補水液の利用も推奨されるが、糖分過多やナトリウム不足に注意。

水分と塩分補給ができる飲み物の図

ユニフォームなどの服装を改善
作業中は、熱を吸収・保温しやすい服装を避け、透湿性・通気性の良い服装に変える。クールジャケットや通気性の良い帽子(クールヘルメット)も推奨です。

作業中の巡視を定期的に行う
高温多湿作業場所での作業中は頻繁に巡視を行い、水分・塩分摂取の確認や労働者の健康状態の確認を行うようにする。熱中症の兆候が見られた場合は、速やかに作業を中断し、必要な措置を講じられるよう、教育・指導する。

熱中症対策への取り組みを周知することの重要性

熱中症対策を周知することは、従業員の健康と安全を守り、企業の生産性を維持するために非常に重要です。また、熱中症対策の周知を徹底することで、熱中症による労災のリスクを軽減するのみならず、企業イメージの向上にも繋げることができます。

良い行動、正しい行動は、良い反応を生むものです。
熱中症対策に真摯に取り組むと同時に、それをこまめに発信し、周知していくことは、きっと御社の未来を明るくして行くことに繋がると思っています。

熱中症対策として必要なものを考える人の図

まとめ

重症化、死亡事例など、年を重ねるごとに深刻な報告が後を絶たなくなっている熱中症。この記事を書いている今現在(令和7年8月8日)も、環境省による熱中症警戒アラートが発令されています。熱中症への対策は、もはや逃げることができない人類の課題と言えます。

そして今回、熱中症対策が事業者に義務付けられたことにより、その義務を怠ると、事業者に対する罰則として6か月以下の懲役または50万円以下の罰金が課される可能性があります。
熱中症対策は、事業者にとって真摯かつ早急に取り組むべき課題なのです。

この記事では、その熱中症対策の考え方から、具体的な対処方法までをまとめました。

  • 熱中症に対し、事業者が的確に対応するための指針となるよう定められたのが、WBGT基準値。まずはWBGT値とその運動指針に則って職場環境を整える
  • どうしてもWBGTの基準値を超えてしまう、または超えるおそれがある場合は、熱中症発生のリスクが高いと判断し、各事業所には可能な限り予防対策を実施する。
  • 具体的には、作業場所の近くに身体を冷やせる休憩スペースを作る、水や塩分をこまめに摂取できるような設備を整える、などをできることからやっていく。
  • いざという時に大切な命を守るために、熱中症の救急処置対策も普段から徹底して行う。
  • 取り組んだ施策は社内外に向けて積極的に周知し、企業としてのイメージアップにつなげるなど、前向きに逞しく対処する。

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